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DAYDREAM

白日夢を徒然なるままに

呉鎮守府探訪記 Part II  〜 雪風に会いに行こう

2年前に呉鎮守府探訪記を書きましたが、その時から呉とその周辺に多数ある旧海軍施設や呉軍港空襲戦跡を時間があればいつか訪れてみたいと思っていました。

そこで今回の帰省に合わせて時間を取ることが出来たので、江田島を中心にいくつかそれらの場所を巡ってみました。

そこで、今回の旅のテーマを「雪風に会いに行こう」に設定。最終的に奇跡の駆逐艦と言われた「雪風」に会えれば目的遂行完了です。

・榛名編

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呉の港から定期便の船が発着する小用港旅客ターミナル。海路から江田島を訪れる人の多くはここがスタート地点になると思います。

瀬戸内海に浮かぶ美しい島々を眺めながらの船旅もオツなものです。特に晴れた日の夕刻は絶景と言っても良いでしょう。生憎その写真はありませんが。。。

ちょうど70年前の7月24日と28日の呉空襲でこの港近くに停泊していた一隻の軍艦が大破着底し、その艦歴を終えました。そう、戦艦「榛名」です。

Japanese battleship Haruna attacked

上の写真は、7月28日の呉空襲時の小用港と榛名ですが、榛名の艦首前方付近が今の小用港旅客ターミナルだとすると、榛名がいた位置はおそらく下の写真付近と思われます。下のGoogle Mapと比較するとわかりやすいです。今では防波堤に囲まれた漁港になっていますね。

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ちょうど現地でも空襲時の写真を見ていたのですが、現地で戦艦「榛名」の大きさを想像しながら小用港を眺めていました。

そう、まさに70年前のここに榛名がいたのです。

そして、小用港が見える高台に榛名と同様に近くで沈んだ出雲の戦没者留魂碑があるので、そこを訪れ小用を離れました。

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・利根編

さて、小用の港から車で15分ほどの所に中町港があります。

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ちょうど写真奥のフェリーが入港しようとしている所が中町港で、ちょうどその入り江を撮影したものです。

江田島湾の入り江に位置するこの港で70年前の呉軍港空襲において戦艦「榛名」と同様、ある一隻の船が米軍の空襲により撃沈されました。

それは重巡洋艦「利根」です。戦争序盤から活躍した船ですが、特にミッドウェー海戦での偵察機の話は有名ですね。(??「バカな!カタパルトが不調じゃと?!」)

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利根はとても愛されているのか、この中町港を見渡せる位置に「利根公園」があり、そこに慰霊碑が建立されていました。

そして、極めつけは「軍艦利根資料館」ですよ。

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小さい施設ですが利根が好きな人にはたまらない内容でしょう。引き上げ解体時の部品がそれなりに残されているようで、いろいろ収蔵されていました。同じ境遇の榛名や大淀なんてほとんど何も残ってないのにさすが利根姉さんです。

雪風

小用の港からタクシーで数分の場所に今回の旅のハイライトである海上自衛隊 第一術科学校があります。

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第一術科学校の構内図

言わずと知れた旧海軍兵学校だけあり、大変立派な施設でその歴史すら感じさせます。重巡「古鷹」の名前にもなった古鷹山もここからバッチリ見えますしね。

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毎日、構内見学が実施されており大講堂や幹部候補生学校庁舎など戦前に建築された由緒ある建物を見学出来るのですが、そのハイライトはなんと言っても教育参考館とその周辺でしょう。

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大講堂

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幹部候補生学校庁舎

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教育参考館

残念ながら教育参考館の館内は撮影禁止なので写真はありませんが、展示内容が日本の近現代史そのものと言っても過言ではなく、江戸末期の海軍創設以降いかに軍が日本の歴史の中心にいたか知ることが出来ます。

おそらく好きな人であれば一日中居られる場所だと思うのですが、見学時間は限られており30分程度しかなかったのです。展示量からしたら少なすぎるよ!!

私は段取り悪く日清・日露の明治期の戦争コーナーで多くの時間を割いてしまったため、後半の第二次大戦のコーナーはほとんど見ることが出来ませんでした(号泣 だって展示資料が貴重すぎて初めて見るモノばかりなんだもん。

でもね、超ウルトラスーパーレアの以下の展示品だけはしっかり目に焼き付けてきましたよ。

駆逐艦雪風」の舵輪と壁掛け時計

・戦艦「榛名」で使われていた士官用の机

重巡「青葉」、戦艦「陸奥」の艦首に付いていた菊の御紋

これらは見学順で言うと一番最後の1階部分にあるので絶対にお見逃し無く。ここには正真正銘の貴重な本物しか展示していないので、近現代史好きや、戦史好きの人は這ってでも来る価値ありです。

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教育参考館を出ると、そこに甲標的が鎮座しているわけです。甲標的って意外と大きくてビックリ。これ実際に真珠湾攻撃に出撃した甲標的のホンモノですって。

およ?その左奥にあるアンカー(錨)は、、、もしかして!

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うぉぉぉぉぉおおおおおおおおお!!!!!!!!!!

会えましたよ、ついに!雪風の主錨です。

雪風の艦首に在って数々の困難な海戦を見続けてきた錨ですよ!

雪風は終戦後に中華民国(台湾)に賠償艦として引き取られ「丹陽」の名前で活躍しますが、その後台風で破損し日本に帰還できたのは前出の舵輪とこの主錨だけでした。出来れば完全な姿で戻って欲しかったですけどね。

というわけで、最後は無事にその一部とは言え雪風に会うことが叶いました。これで少しは奇跡の駆逐艦と呼ばれたその幸運のおこぼれに預かることが出来るかな?!

以上、呉鎮守府探訪記 PartII 〜 雪風に会いに行こう でした。

<<おまけ>>

長迫公園(旧呉海軍墓地)にも行ってきました。

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お墓なので失礼と思い公園内で写真は撮っていませんが、戦没した軍艦・艦艇の慰霊碑や個人のお墓などあるので各自で是非墓参されると良いと思います。

第十七駆逐隊の慰霊碑があり、その一員として雪風も入っていましたが、元来の所属である第十六駆逐隊(「初風」「雪風」「天津風」「時津風」)としてもお祭りしてあげたいなぁ、と思いました。「阿賀野」の慰霊碑の所で第十戦隊繋がりで四駆、十六駆、十七駆、そして六十一駆の艦艇名を見ることが出来ますけどね。

<<おまけ2>>

術科学校の見学で、おそらく普通に案内係の指示に従って見ていると、雪風の主錨の所は案内してくれないことが多いようです。しかも、教育参考館の入り口付近からだと甲標的の影になって見えないんですよね。

でも、そこには雪風の主錨だけでなく、かの有名な鉄底海峡からガダルカナル島にあったヘンダーソン飛行場に戦艦「金剛」「榛名」が撃ち込んだ一式徹甲弾(実物。米軍から戦後返却された)が野外展示されていたりします。

なので、教育参考館見学の際は退館後すぐに甲標的の裏側にある広場に行き、これら「太平洋戦争史の一部」を見学することを是非オススメします。

※2016/7/4 一部記事と写真を追加しました