2025年12月にエジプト旅行をした記録になります。

アブシンベル神殿にピラミッドは存在しません
今回はギザ・カイロから飛行機で一気にアスワンまで南下し、アブシンベルまで行った話になります。
エジプト旅行記 その4 アスワン・アブシンベル編 Part.1
ギザからアスワンへ
前日はハンハリーリで羽目を外してきたため、かなり早い時間に就寝してしまった。疲れからというのもあるが、次の日の出発がAM2:30だからというのもある。
何でこんなに早いのかというと、カイロ空港からエジプト航空アスワン行きAM5:30発の一番飛行機に乗るため。今日一日でエジプトを縦断するような移動になるので、まぁ仕方ないと言えば仕方ないのかも。
道中バタバタしながらも、1時間20分ほどのフライトでアスワン空港に到着。

ここでガイドさんと合流後、アブシンベルに出発するにはまだ時間があるからと、その合間に予定になかったイシス神殿と切りかけのオベリスクを見に行くことになった。切りかけのオベリスクは是非行ってみたかったのでラッキー!
イシス神殿
初めにイシス神殿に向かうことに。
イシス神殿は古代エジプト後期のプトレマイオス朝に出来た神殿で、実はこの神殿はフィラエ島という島にあった神殿だったのだが、アスワン旧ダム建設で沈没し掛かったところを高所に移築された遺跡の一つである。
その高所というのが「アギルギア島(今ではこの島をフィラエ島と呼ぶらしい)」というナイル川に浮かぶ島で、陸路から行くことが出来ない。なので、対岸からボートで行くことになるのだが、「ナイルの真珠」と呼ばれるだけあり、とても風光明媚な場所なので観光として来ても十分楽しめる場所だ。

フィラエ島の対岸にあるボート乗り場から、ボートに乗ってイシス神殿へと向かう。

ナイル川の蒼い湖面と、所々に浮かぶ島々、それらと青い空のコントラストがとても美しい。日本で言うと晴天の瀬戸内海の島々を小型船で移動しているかのようだ。

イシス神殿は前述の通り、プトレマイオス朝に出来た神殿。
この時代の神殿は「壁画や装飾などが所狭しと隅々まで描かれる」という特徴があるのだが、ここも例に漏れず壁画や彫刻がスゴイ。
上の写真はイシス神殿の入り口に当たる第一塔門で、プトレマイオス12世によって建てられたもの。プトレマイオス12世はあの有名なクレオパトラのお父さんにあたるファラオですね。


この神殿の外にイシスではなく、美と音楽の女神であるハトホルが祭られているハトホル神殿がある。神々に音楽を捧げている壁画は興味深い。

美しいこの島をしばらく観光した後、船に乗って対岸へ。次は切りかけのオベリスクを見に行く。
切りかけのオベリスク
アスワンは古代より良質な花崗岩の産地で、ピラミッドや神殿建設のための石材などのほか、オベリスクをその花崗岩から切り出してナイル川下流の建設地に運び出していた。
アスワンには「切りかけのオベリスク」といって、切り出し中に割れてしまったためそのまま放置されたオベリスクが残っている場所がある。

イシス神殿行きの船着き場から車で15分ほど走った所にある。アスワンの街中にいきなり古代からある採石所があるのが面白い。
採石所の階段を登りながら辺りを見回してみると、古代に切られた石の跡が残っている。

古代の石切の手順は、以下の通り。
1.切りたい場所に穴を開け、そこに木製のくさびを打ち込む
2.くさびを打ち込んだところに水を入れる
3.木製のくさびが水を吸って膨張する力で石を割る
鉄がまだ普及しておらず、青銅器時代だった古代エジプトに於いては、人や自然の力で石を切り出していたようだ。想像しただけで途方もない作業。
石切場をしばらく登っていると、切りかけのオベリスクが見えてきた。
もし完成していたらオベリスクとしては最大のもので、高さ40m以上、重さ1000t以上あるものになっていたようだ。
新王国時代のものらしいが、誰が何のために作ったものなのかは分かっていない。

オベリスクのような繊細な加工が必要なものは、前記の石切方法だけではなく、丸く硬い石を使ってオベリスク周囲の岩を叩き、溝を掘っていたらしい。気が遠くなるような作業だ。

当時の石切作業は罪人の作業で、「石切り場で働く」というのは過酷な労働を意味していたらしい。
完成品の遺跡を見るのもよいが、こういった石などの素材をどのようにして作っていたか見ることが出来たのは勉強になった。本当に大変な作業だったろうなというのは、実際の現場を見学することで容易に想像が付くものだ。
アブシンベルへ
切りかけのオベリスク見学後に、3時間以上かけて車でアブシンベルへと向かう。
アスワンを出てしばらくすると、何もない砂漠の一本道をひたすら突き進んでいくことになる。蜃気楼が見えるようなところなので、ここで車が故障して動けなくなったらどうなっちゃうの?!っていう感じ。
とても単調な道なので、自分が運転してたら寝てしまうだろう。
途中、ドライブインのようなところでトイレ休憩。エジプトのトイレは基本的に有料なのでチップを払って利用する。


ドライブインを出てしばらく行くと、ガイド曰く「エジプト軍が作った」と言っていた砂漠の開拓をしている広大な敷地があり、そこでは緑が広がり農作物を作っている。ウクライナ戦争で小麦が入ってこなくなっても、それでなんとか賄えているらしいのでエジプトは先見の明があったと言うことだろう。
地図で見るとよく分かる。下のGooglemapの円形の緑の部分が開拓地。砂漠の中に突如現れる広大な農地だ。
そんなこんなで、午後にはアブシンベルに到着。
ホテルにチェックイン後、夜に開催される音と光のショーを見にアブシンベル神殿へ向かう。
アブシンベル神殿はチケットセンター(入場口)が神殿背面側にあるので、表に回るまで神殿そのものが見えない。暗い中、てくてくと神殿まで歩くことになる。
目の前に現れたアブシンベル神殿は想像通り、とても巨大なものだった。


大神殿の4体のラムセス2世像に圧倒されながら、しばらく正面から眺めていた。こんなの見せられたら、ヌビアの人たちもエジプトに反抗しようなんて気は起こらないよね。
音と光のショーの内容はアブシンベル神殿の歴史紹介も兼ねた、ラムセス2世、その妻ネフェルタリの物語。アブシンベル神殿を使ったプロジェクションマッピングは迫力があり素晴らしかった。
夜のアブシンベル神殿を楽しんだ後、ホテルまで戻って夕食。
明日は日の出前にホテルを出発し、朝日とともに照らし出されるアブシンベル神殿を見学する。そのため、本日は早めに就寝。